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私の場合?3人目の天使? 
3人目の天使がやってきたのは2002年2月。夫が開業(整骨院)のため、それまでの職場を辞めて場所探しをしていた時です。2月始めの2週間は、私一人四国の実家でのんびりさせてもらっていました。その間にも、なんとなく体調がおかしいな?という感じはあったと思います。その後は、引越し先が決まるまで、東京の夫の実家で過ごしていました。
やはり生理が少し遅れたので、妊娠検査薬を試しました。結果は、予想通りの陽性。しかし、引越しも決まっていなかったこと、もう近いうちには、引越し先を決めて引っ越すこともあり、どこの病院に行けばいいのかわからず、引越したらすぐに病院に行くということにしました。
2回の妊娠からは、お互いの両親にも妊娠と流産の事は報告していません。この妊娠も、安定期に入るまでは誰にも言わないことにしました。
つわりの中、引越し先を探したり、慣れない夫の実家で気を遣いながら過ごす事は、私にとってかなりのストレスでした。「早く引っ越して落ち着きたい。病院にも行きたい」そんな事ばかり言う私に、夫は少し困惑気味でした。3月中旬、やっと引越しが決まりました。引越し先には、近くに産婦人科の病院は大学病院しかありません。紹介状が必要なので、前回まで通っていた病院で書いてもらうことにしました。その時すでに8週目に入っているはずでした。

しかし、内診の結果は・・・「赤ちゃんが育ってない」思いがけない言葉でした。そろそろ心拍も確認できる頃だと期待していた私。引越し先の病院で手術することにして、紹介状を書いてもらいました。
帰りの電車の中、悲しみと後悔で涙が止まりませんでした。「もっと早く、病院に行っていれば助かっていたかもしれない」いろいろなことを後悔しました。
引越しの作業がいけなかったのか?毎日、実家と引越し先を車で片道2時間半行き来していた事がいけなかったのか?
引越し先の病院では、「2回目の流産のときに何で検査を始めておかなかったのか」と叱られました。前の病院では、「3回流産したら」といわれていたのに・・・。今となっては、ほんとにもっと早く検査を始めていればと後悔しています。この時はまだ、「不育症」というものを名前すら知りませんでした。

こっちの病院では、手術のときに2泊も入院しました(前は1泊)またあの痛くてつらい思いをするのか・・・流産は、精神的にも肉体的にもかなりの負担になります。初めての時のようなパニックには陥らなかったものの、ほんとに辛いものでした。
退院して2,3日経った頃でした。夜中に子宮が潰されるような激痛と、大量の出血。慌てて救急外来に行きましたが、子宮が収縮している事によるもので心配はないと言われました。

赤ちゃんの染色体の検査の結果は、異常なし。こうして、私の不育症との戦いが始まったのです。
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プロフィール

みぷー

Author:みぷー
生年月日:1974年5月24日
出身:高知県
現住所:埼玉県
家族構成:夫・長男(04.2.7生)
好きな芸能人:藤井フミヤ
好きな食べ物:唐揚・エビフライ

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